講談社野間道場年譜

1878年 明治11年
12月17日 講談社初代社長・野間清治、現在の群馬県桐生市新宿に誕生。 父好雄は上総飯野藩士野間銀次郎の弟、母ふゆは同藩武術師範森要蔵の長女
1904年 明治37年
4月 野間清治、東京帝国大学教員養成所を卒業し、沖縄中学校に赴任
1907年 明治40年
10月 野間清治、東京帝国大学法科大学首席書記に就任
1909年 明治42年
4月24日 野間恒 誕生
11月1日 野間清治、「大日本雄辯會」を創立
1910年 明治43年
2月11日 「大日本雄辯會」より雑誌「雄辯」を創刊
1912年 明治45年
野間清治、東京帝国大学での剣道稽古中にアキレス腱を断裂。以後、自身の稽古は自重
1913年 大正2年
1月 野間清治、東京帝国大学首席書記を辞職
1914年 大正3年
6月11日 森寅雄、群馬県桐生市に誕生。母ヤスは野間清治の妹
1921年 大正10年
7月 野間清治、音羽の邸宅に転居
1922年 大正11年
3月 野間恒、千駄木尋常小学校卒業。進学せず碩学を招いて自宅で学習
1923年 大正12年
野間恒、15歳で本郷真砂町の有信館に入門。中山博道の指導を受ける
1924年 大正13年
野間清治、甥の森寅雄を音羽野間家に引き取る
1925年 大正14年
社名を「大日本雄辯會講談社」と改称
4月20日 有信館の増田真助、剣道師範兼社員として講談社に入社
7月 東京府東京市小石川区音羽(現東京都文京区)にて野間道場上棟式 神田明神脇の道場を買い上げ、音羽野間邸裏に移築
10月 野間道場落成(幅5間・奥行6間)
1928年 昭和3年
1月 伊香保別邸に剣道場を新設
1929年 昭和4年
5月5日 御大礼記念天覧武道大会の指定選士之部において、朝鮮総督府警務局師範の持田盛二が優勝
1930年 昭和5年
8月 野間清治、持田盛二を野間道場師範に招聘
11月 野間道場 第1次増築
1931年 昭和6年
6月24日 第10回皇道義会武道大会において、大日本雄辯會講談社剣友会が優勝(野間恒、森寅雄、土田仲次)
1933年 昭和8年
5月21日 第12回皇道義会武道大会において、大日本雄辯會講談社剣友会が優勝(野間恒、森寅雄、林正久)
11月 野間道場 第2次増築(幅5間・奥行16間)民間屈指の大道場として完成
1934年 昭和9年
5月5日 皇太子殿下御誕生奉祝天覧試合(府県選士之部)において、野間恒が優勝
1935年 昭和10年
4月21日 野間清治、千葉県富津市飯野に剣道場「野間館」を開設
12月 静岡県伊東市の野間別邸の剣道場落成
1936年 昭和11年
6月11日 野間清治の寄贈により東北学院「野間記念道場」落成
10月25日 第15回皇道義会武道大会において「大日本雄辯會講談社剣友会」優勝(中村千代吉、馬渕(服部)敏幸、望月正房、戸井德次郎)
1937年 昭和12年
6月27日 早稲田大学主催第3回全日本官庁実業団体試合において「大日本雄辯會講談社剣友会」優勝(中村千代吉、馬渕(服部)敏幸、望月正房、茂木保男、戸井德次郎)
1938年 昭和13年
7月 野間恒、大日本武徳会から剣道教士号を授与さる
10月16日 講談社初代社長・野間清治、逝去(享年61歲)
11月7日 講談社二代社長・野間恒、逝去(享年30歲)
1939年 昭和14年
5月28日 第18回皇道義会武道大会において「大日本雄辯會講談社剣友会」優勝(望月正房、戸井德次郎、加藤静一)
11月19日 全日本官庁実業団剣道連盟主催の第1回全日本官庁実業団体試合において「大日本雄辯會講談社剣友会」優勝(望月正房、戸井德次郎、黛幸助、長井武雄、加藤静一)
1940年 昭和15年
3月 錬士19名、有段者206名(五段4名、四段33名、三段21名、二段32名、初段116名)
6月20日 紀元二千六百年奉祝天覧試合において指定選士之部で増田真助、府県選士之部で望月正房がともに優勝
1941年 昭和16年
12月8日 太平洋戦争勃発
1944年 昭和19年
野間道場閉鎖
1945年 昭和20年
8月15日 終戦
1952年 昭和27年
4月28日 サンフランシスコ平和条約発効
10月14日 全日本剣道連盟結成
10月 元講談社社員長井武雄が、文京区小日向台町に妙義道場を創設。 持田盛二・増田真助を師範に招聘
1953年 昭和28年
7月 講談社剣道部再開、講談社社内剣道大会復活
1957年 昭和32年
5月 持田盛二、 全日本剣道連盟から剣道十段を授与さる
1962年 昭和37年
野間道場再開
講談社野間道場道好会発足
講談社社員の稽古および少年部指導を再開
妙義道場閉鎖
1963年 昭和38年
6月30日 第44回関東実業団剣道大会において、講談社が3位に入賞(清水、高橋、正岡、杉山、飯島)
1969年 昭和44年
1月8日 森寅雄、逝去(享年54歳)
1971年 昭和46年
10月31日 増田真助範士、逝去(享年70歳)
11月1日 持田盛二範士、勲三等旭日中綬章を授与さる
1972年 昭和47年
6月25日 全日本剣道連盟創設二十周年を記念し、「永年にわたり剣道の普及と発展に貢献した」として講談社野間道場を表彰
1974年 昭和49年
2月9日 持田盛二範士、逝去(享年89歳)
1975年 昭和50年
5月24日 第1回出版剣道大会において、講談社が優勝
1976年 昭和51年
4月 道場の床半分の板を張り替え、台所・浴場・二階部を改装
11月 渡辺敏雄範士、講談社野間道場師範に就任
1979年 昭和54年
7月 第5回出版剣道大会において、講談社が優勝
1980年 昭和55年
少年部指導を終了
1986年 昭和61年
11月 服部敏幸、勲二等旭日重光章を授与さる
1989年 平成元年
3月28日 渡辺敏雄範士、逝去(享年77歲)
1992年 平成4年
6月22日 望月正房範士、逝去(享年79歲)
11月 森島健男範士、講談社野間道場師範に就任
1994年 平成6年
11月 服部敏幸、勲一等瑞宝章を授与さる
2002年 平成14年
6月1日 第26回出版剣道大会において、講談社が優勝
11月 渡邊哲也範士、講談社野間道場師範に就任
2003年 平成15年
7月28日 野間道場床板の大規模補修を実施
全日本剣道連盟設立50周年記念事業として設立された剣道殿堂に、持田盛二範士が顕彰さる
2005年 平成17年
5月 森島健男師範による剣道講話の開始(累計65回)
全日本剣道連盟設立50周年記念事業として設立された剣道殿堂に、野間道場創設者の野間清治が顕彰さる
2007年 平成19年
三笠宮寛仁親王次女の瑶子女王殿下、野間道場にご来臨
7月 第31回出版剣道大会を開催(第31回をもって大会を終了)
10月20日 旧野間道場 稽古納め
10月21日 新野間道場 講談社第一別館5階に移設、道場開き
11月 旧野間道場 解体
2008年 平成20年
1月14日 講談社野間道場、日本武道協議会より武道優良団体として表彰さる
4月 森島健男範士、講談社野間道場名誉師範に就任
8月8日 講談社元代表取締役会長 服部敏幸逝去(享年95歳)
2011年 平成23年
野間道場道好会公式ホームページを開設
2012年 平成24年
年間来場者数20,000人超
2014年 平成26年
10月10日 森寅雄生誕100年展(桐生市・野間清治顯彰会)
2020年 令和2年
8月16日 森島健男範士、逝去(享年98歳)
2022年 令和4年
4月1日 氏家道男範士、講談社野間道場師範に就任
2023年 令和5年
6月3日 野間道場道好会、外来稽古参加者の受け入れを再開
2025年 令和7年
7月1日 吉村哲夫範士、講談社野間道場師範に就任