メッセージ
野間道場創立100周年に寄せて
野間省伸
(株式会社講談社代表取締役社長)
野間道場は大正14(1925)年秋、講談社初代社長・野間清治によって創立され、平成19(2007)年に新道場に移って現在に至っております。その間、わが国を代表する剣道家の先生方をはじめ、老若男女、幅広い愛好者の方々の修業の場となり、おかげさまで創立100周年を迎えることができました。
私の曾祖父である野間清治は熱烈な剣道愛好者として知られ、その人生哲学の根幹は剣道にありました。清治は武道の徳について次のように述べています。
〈山岡鉄舟先生は、武道の徳の広大無辺なることを讃えて、この呼吸を得て、これを政治に行ない、これを軍事に行ない、これを外交に行ない、これを商工耕作に行なう。行くとして可ならざるはなしと申されております。この武道の中には倫理あり、哲学あり、宗教あり、自然に深遠玄妙なる悟りの世界にまで入り込むことができます。(中略)この武道を広め、日本精神を昂揚するために、村に、町に、一つ以上の道場を設けていただきたい。小学校にも武道を加えていただきたい。満天下の同胞の皆様には、その子弟のために、武道を奨励していただきたい。かくて、家も、村も、町も、全日本、大興隆うたがいなく、この尊き武道の道を、全世界にまで広むることが、実にこのわが皇国の一大使命であるとさえ、私は確信いたしておる者であります〉(『講談社の歩んだ五十年』)
清治は昭和5(1930)年、前年の天覧試合で優勝し、「昭和の剣聖」と謳われた持田盛二範士を師範に招聘。以後、野間道場は隆盛をきわめることになりました。
戦争による中断はあったものの、私の祖父である野間省一は創業者の精神を継承すべく、昭和37年に道場再開を決断。持田範士はじめ歴代師範のもと、伝統の灯は消えることなく現在に受け継がれています。
4代目社長である野間省一は「世界に拓く講談社」をモットーに、出版事業を通じて日本の文化を海外に紹介することに情熱を燃やしました。私もその遺志を受け継ぎ、令和3(2021)年に創業110周年を迎えるにあたって、次の10年で講談社のグローバル展開を加速させるという決意を固めました。おかげさまで海外の事業は着実に拡大しており、欧米でもアジア諸国でも、日本の文化が憧れをもって受け入れられていることを実感しています。
剣道もまた海外への普及が進んでおり、昨年、イタリアのミラノで開催された第19回世界剣道選手権大会には64ヵ国が参加しました。海外の剣道ファンは、単なる競技としてではなく、剣道が重んじる精神性に魅了される人が多いと聞きます。曾祖父の「武道を全世界に」という夢に通じるものがあるのではないでしょうか。
野間道場には日本全国のみならず、海外からも稽古や見学の希望者が来訪しており、最近でも韓国・ブラジル・アメリカ・カナダ・メキシコ・フランス・スイス・トルコなどから愛好者が訪れ、道場で汗を流しています。
私の曾祖父や祖父が蒔いた種が大きく実を結んでいることをうれしく思うとともに、野間道場を守り、育てていただいたみなさまにあらためて感謝を申し上げる次第です。
野間道場が次の100年に向けて、剣道を愛する方々の鍛錬の場として、また精神修養の場として、さらに発展することを願ってやみません。
令和7年10月